第3部 うどんの原材料

1限

うどんのおいしさ ~コシの科学~

 「うどんのコシ」とは、麺に「もちもちした食感」と「しっかりした弾力」がある状態をいいます。ここでは、おいしいうどんの条件のひとつ「コシ」について考えてみましょう。

第1項 小麦粉 3-1

 うどんは「小麦粉」「塩」「水」だけというシンプルな材料で作られています。
「小麦粉」の元になるのが小麦。この小麦にはたくさんの種類があり、その分類法もさまざまです。

<小麦を栽培する季節による分類法>
・「冬小麦」 秋に種をまいて冬に収穫
・「春小麦」 春に種をまいて秋に収穫

<小麦の粒の硬さによる分類法>
・「硬質小麦」 粒が硬い小麦
・「中間質小麦」 粒が普通の硬さの小麦
・「軟質小麦」 粒がやわらかい小麦

小麦の粒の硬さは小麦の中に含まれているタンパク質の量に比例します。
・タンパク質を多く含むものが「硬質小麦」。この硬質小麦から作られる小麦粉が「強力粉」です。
 パスタや中華麺などを作るのに適しています。
・「中間質小麦」から作られるのは「中力粉」。うどんを作るのに適しています。
・「軟質小麦」から作られるのは「薄力粉」。お好み焼きやケーキなどを作るのに適しています。

<文献>
・岡田哲編 『コムギの食文化を知る事典』(東京堂出版)2003年
・社団法人全国調理師養成施設協会編 『改訂調理用語辞典』2000年
・『丸善食品総合辞典』(丸善)2000年
・旭屋出版編集部編 『うどん大全』(旭屋出版)2008年
・『そばうどん麺料理』(旭屋出版)2008年
・『めん料理』(中央公論社)1987年

第2項 グルテン 3-2

 「グルテン」は、小麦から生成されるタンパク質の一種で、この「グルテン」がうどん特有のもちもちした食感を生み出します。

 うどんの材料となる小麦粉は、主に2種類のタンパク質(グルテニンとグリアジン)を含んでいます。「グルテニン」は引っ張って伸ばすのに強い力が必要ですが、逆に「グリアジン」はやわらかく、それぞれ相反する性質を持っています。これに2倍量の水を加えると、「グルテニン」と「グリアジン」は水分子を結合して伸び切った状態になります。その後この2つが結合し、「グルテン」と呼びます。この2種類のタンパク質の結びつきのおかげで、うどんは冷えても縮まず形を維持できるのです。

 グルテンは、弾性と粘りのある「コシ」を持っています。うどんの「コシ」とは、もちもち感がありながら弾力があるという意味で、麺を噛んだ時に感じる硬さとは異なる、弾力のある抵抗感、いわゆる噛み応えのことを指します。

<文献>
・岡田哲編 『コムギの食文化を知る事典』(東京堂出版)2003年
・社団法人全国調理師養成施設協会編 『改訂調理用語辞典』2000年
・『丸善食品総合辞典』(丸善)2000年

第3項 塩 3-3

 「うどん」と「そば」の作り方で異なる点の1つとして、うどんは塩を入れるのに対し、そばは塩を入れないことがあげられます。「1限目2項(グルテン)」でうどんの「コシ」は、「グルテニン」と「グリアジン」の2種類のタンパク質の結合が重要と説明しましたが、コシを強くするためにはもうひとつ重要な要素があります。それが「塩」です。

 タンパク質が網目のように絡まりながら繫がり、チューインガムのようにちぎれずに伸びるグルテンの組織は、塩を加えることでさらに引き締められ、より粘りも弾力性も強くなります。

 小麦粉に塩と水を入れてよくこねるほどタンパク質が絡み、グルテンがしっかり形成されてコシも強くなります。塩にはタンパク質を溶かす作用がありますが、加熱すると溶けたタンパク質は固まり、コシや粘り、歯応えが生まれるのです。

<文献>
・社団法人全国調理師養成施設協会編『改訂調理用語辞典』2000年
・『丸善食品総合辞典』(丸善)2000年
・佐藤秀美著 『おいしさをつくる「熱」の科学』(柴田書店)2007年
・Peter Barham著 渡辺正/久村典子訳 『料理のわざを科学する』(丸善書店)2005年
・Jeff Potter著水原文訳 『Cooking for Geeks』(オラリー・ジャパン)2011年
・成瀬宇平/野崎洋光著 『調味料を選ぶポイント使うコツ』(草思社)1992年
・杉田浩一著 『「こつ」の科学』(柴田書店)1971年

第4項 熟成 3-4

 小麦粉に水と塩を加えて練り、うどん生地を作っただけではうどんにはなりません。うどん生地をうどんにするためには、「うどん生地をしばらく寝かせる」ことが必要です。「生地を寝かせる」というのは、「生地を熟成」させて安定化させるための工程です。

 ではなぜ、「生地を寝かせる」、つまり「熟成」という工程が必要なのでしょうか。

 「熟成」させることによって、うどんに弾力と粘り、そして強いコシが生まれます。また、小麦粉の粒子に水分を充分行きわたらせ、麺の透明感を失わせる原因となる気泡を抜く効果もあります。熟成に必要な時間や温度は、季節や気温その他の条件によってその都度異なります。一般的な熟成時間は、気温の高い夏場で約30分、春・秋は1~2時間、冬場は2~3時間、温度の目安は25~28℃位が適切といわれています。さぬきうどんは、2時間以上の時間をかけてじっくり熟成させています。ただ、寝かせ過ぎると熟成が進み過ぎてしまい、分解酵素によって生地が切れやすくなってしまいます。

<文献>
・社団法人全国調理師養成施設協会編 『改訂調理用語辞典』2000年
・『丸善食品総合辞典』(丸善)2000年
・旭屋出版編集部編 『うどん大全』(旭屋出版)2008年
・『そばうどん麺料理』(旭屋出版)2008年
・『めん料理』(中央公論社)1987年

第5項 うどんのコシの地域差の比較研究 3-5

さぬきと大阪のコシの違い

 うどんに強いコシを与えるためには、ゆであげた直後の麺の水分量が重要になります。ゆであげた直後のうどんの外側の水分量は約80%と多いのに対して、内側の水分量は約50%程度で、この水分量の差が「やわらかそうでも最後に歯応えがあってコシがある」、おいしいうどんになるのです。

 さぬきうどんの特徴は、極めて強いコシにありますが、大阪のうどんはさほどコシは強くありません。さぬきと大阪、地域的には近いにもかかわらず、うどん文化は相当違うのです。

 さぬきは、醤油をかけるだけで食べる人もいるほどで、麺がおいしさの根幹です。それに対して大阪は、コシを重視せずに「だしのうまさ」で食べさせるという、さぬきとはまったく正反対のうどん文化なのです。

<文献>
・麺通団著 『恐るべきさぬきうどん』 (ホットカプセル版)1996年(新潮社版)2000年
・サカキシンイチロウ著 『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったか』(ぴあ)2015年

2限

うどんのおいしさ ~調味の科学~

第1項 塩の役割 3-6

 うどんと同じく小麦粉から作られる麺に「パスタ」があります。通常、パスタをゆでる時には塩を適量入れますが、うどんをゆでる時には塩は入れません。その理由は、うどんに使われている小麦粉とパスタに使われている小麦粉では種類が違うからなのです。

 うどんに使われている小麦粉は「中力粉」です。それに対してパスタに使われている小麦粉は、粘弾性の特に強い「強力粉(デュラム小麦)」です。中力粉に含まれるタンパク質(グルテン)が約8%なのに対し、強力粉には12~13%と多く含まれています。強力粉はたいへん弾力性が強いのですが、これに塩を加えることでさらに弾力性が高まります。パスタをゆでる時に塩を加えるのは、麺自体に塩のうま味を浸透させると同時に、アルデンテの状態に仕上げるためです。

 うどんは、「小麦粉」と「水」だけでなく、「塩」を加えて作りますが、その最も大きな理由は、小麦粉のグルテンを引き締め、生地の弾力性を増加させることにあります。これを塩の収縮作用といい、適切な熟成時間をおくことによって、生地がだれずに安定するのです。また塩には、タンパク質を分解する酵素の働きを抑えたり、生地が発酵し過ぎないようにする作用のほか、防腐作用もあります。このことにより、うどんは冷蔵、冷凍保存性に優れた食品なのです。

 しかし、うどん生地にすべて塩が入っているわけではありません。生のうどんをゆでずに、そのままだし汁で煮る名古屋の「味噌煮込みうどん」などは、塩を加えずに作るうどんの典型例です。これに塩が加わると、塩分が溶けて味噌と合わさり、汁も含めて全体に塩辛い味になってしまいます

<文献>
・社団法人全国調理師養成施設協会編 『改訂調理用語辞典』2000年
・『丸善食品総合辞典』(丸善)2000年

第2項 だし 3-7

 日本料理(和食)の調味の中で一番重要なもの、それは「だし」です。だしの中心になる「うま味」は、5つの基本味(甘味、酸味、苦味、塩味、うま味)に含まれており、海外でも「UMAMI」と表記されます。

 うま味は種々の成分で構成されていますが、その中の「グルタミン酸(アミノ酸の一種)」「イノシン酸」「グアニル酸(核酸成分の一種)」が最も重要です。グルタミン酸は昆布などの植物性食品に多く、イノシン酸はかつお節などの動物性食品に多く含まれています。またグアニル酸はしいたけなど、きのこ類に多く含まれています。グルタミン酸はイノシン酸と組み合わせることで相乗効果が現れます。昆布だし単独の場合に比べ、かつお節との組み合わせで10倍以上のうま味になります。

 うどんのだしは、真昆布、羅臼昆布、利尻昆布など昆布の種類でその味が変化します。またかつお節も、腹の部分は脂肪が多く味が濃くなり、背の部分は逆にすっきりした味わいになります。かつお節の他に、さば節、まぐろ節、いわし節、むろあじ節などがあり、どんなだしを引きたいかによって使い分けます。

 地域によっては、いりこ(カタクチイワシの煮干し)や平子煮干し、うるめ煮干し、あご煮干や干ししいたけも使います。さらに、鶏ガラをうどんだしに加えている地域もあり、だしの味だけでもずいぶん違ってきます。

<文献>
・佐藤秀美著 『おいしさをつくる「熱」の科学』(柴田書店)2007年
・成瀬宇平/野崎洋光著 『調味料を選ぶポイント使うコツ』(草思社)1992年
・杉田浩一著 『「こつ」の科学』(柴田書店)1971年

第3項 つゆ 3-8

 うどんつゆの色は、関西は淡く、関東は濃く、その分岐点は岐阜県の関ヶ原近辺といわれています。関西のうどんは淡口醤油を使い、うどんの白色を活かす食べ方が主流です。それに対して関東のうどんはつけめん型が多く、うどんをゆでてから冷水で締め、せいろかざるに盛り付け、濃口醤油を用いたつけ汁で食べます。これは18世紀以後、千葉県の銚子や野田で製造された濃口醤油をうどんにも使っていたからといわれています。

 そして日本一のうどん処、香川県のさぬきうどんの食べ方のひとつとして有名なのが「生醤油かけうどん」です。うどんは、やわらかくゆでると醤油がしみ込みやすくなってしまうため、さぬきうどんは固めにゆでるのです。その結果、コシの強さが強調されているのです。

<文献>
・佐藤秀美著 『おいしさをつくる「熱」の科学』(柴田書店)2007年
・成瀬宇平/野崎洋光著 『調味料を選ぶポイント使うコツ』(草思社)1992年
・杉田浩一著 『「こつ」の科学』(柴田書店)1971年

第4項 薬味

 江戸時代に流行った「けんどん屋(移動式のうどんの屋台)」には、うどんの薬味に「胡椒」を使用していました。意外かもしれませんが、当時は胡椒が多く輸入されており、一般でも使われ始めていたのです。最初はうどんの薬味として使われていた胡椒ですが、その後七味唐辛子が登場し、やがて使われなくなります。

 「薬膳」の考え方で「性味(せいみ)」というものがあるのですが、この「性味」では、身体を冷たくすることから温めることまで「寒・涼・平・温・熱」の5つに分類しています。うどんの原材料となる小麦粉は、この5つの分類の中で「涼」にあたります。夏の暑い日に冷たいうどんを食べるのは、身体の熱を取り、涼しさを求めているからですが、「性味」の考え方では身体を冷やす食材なのです。寿司にわさびやガリがつくのは、生魚は身体を冷やすので、冷えすぎないように身体を温めるためです。これと同じ理由で、うどんの薬味にも「温」の性質をもつ食材が多用されているのです。これは昔からの日本の生活の知恵なのです。

 また、うどんつゆの醤油や塩は、「性味」では「寒」にあたり、身体を冷やす食材なので、うどんにつゆだけだと身体が冷えるばかりなのです。「薬味」は、うどんを食べる時のアクセントになるという利点の他に、うどんの「涼」を補完して身体を温める効果があるものも多いのです。身体を温める「温」の薬味は、しょうが、ねぎ、あさつき、にら、わさび、しそなどがあり、胡椒は「熱」で唐辛子は「大熱」にあたります。うどんに香辛料を加えるのは、味ばかりではなく身体のためを考えてという意味もあったのです。

<文献>
・日本中日医書食養学会編著 『現代の食卓に生かす『食物性味表』改訂版』(日本中日医書食養学会)2006年

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